イタリア料理教室Gioia -ジョイア-

食べて元気 毎日の暮らしの楽しいスパイスになるお料理を召し上がれ!

佐渡裕さんの第九

P1340096.jpg

社会人数年目、2002年の初夏、当時の同僚Yがなんと
「一万人の第九に出よう」と誘ってきました。

「第九?」「合唱?しかも歓喜の歌ドイツ語やん」
「1週間に1回練習?」

ムリムリムリムリ 絶対無理!!!!


と断ったにも関わらず、「申込みの往復ハガキ出しといたからな」と
めちゃめちゃ強引に、強制的になぜか参加することになった、
「サントリー1万人の第九」その年は記念すべき20回目でした。


当時の職場は扇町だったのですが、練習会場は梅田ロフト近くの体育館
Yの強制的?な熱い熱い勧誘で(笑)合唱部出身の子が一人、
その頃から今も変わらずずっと親友が一人、そして私の4人が同じ職場から参加することになりました。

一駅ほどなので、仕事終わりにダッシュ。


大阪で何グループにも分かれて、夏から12月の本番まで週に1回練習がありました。
何回か休んだら出場資格を失うという決まりで、頑張って通いました。
私たちは幸いにも素晴らしい先生にあたり、練習は実際楽しくて楽しくて仕方がなかった!


私、ピアノは6歳から20歳ころまで習わせてもらっていたので、
ピアノなら弾けるのですが、歌は学生時代の音楽の授業のみ。
もちろん、歓喜の歌には初挑戦。
そんな素人相手にも、毎回毎回本当に楽しく教えて下さった清原先生。

続けられたのは、清原先生マジックとしか思えません。
写真が、記念の冊子で私達も写ってます。


そう、でお伝えしたかったのは、何か月か練習してきた本番前に、
ずっと総監督、指揮を務められている佐渡裕さん直々のレッスンを実際に受けさせてもらえたのです。

清原先生のレッスンも大好きでしたが、佐渡さんのエネルギーは、いまだに覚えています。
仕事終わりだったので、割と体育館の後ろの方で参加することが多かったのですが
佐渡さんは、手足の長い大男、体育館中にその明るい情熱的なエネルギーがみなぎっていました。
その時初めてお会いしたのですが、その時からずっとファンです。


その後一度西宮コベルコホールでのPuccini のオペラ、マダムバタフライを見に行って、
そして今晩フェスティバルホールへ佐渡さんの第九を聴きに行きます。
第九は、当時以来なので、本当に楽しみです。
佐渡さんの歓喜の歌にお会いしてきます。



一万人の第九は本当に楽しい練習で、大阪城ホールでの本番もなんとか無事終わり、
ものすごく楽しい思い出として記憶に残っています。
心配していたドイツ語も、音として覚えるとなんとか大丈夫でした。

強制的に!?参加させてくれたYに今でもとっても感謝しています。




関連記事
スポンサーサイト

 Quotidiano 日々のこと

0 Comments

Leave a comment